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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)685号 判決 1990年8月27日

原告

小林正和

右訴訟代理人弁護士

多賀健三郎

中島修三

糸賀了

小澤英明

中島敏

松島洋

被告

株式会社アール・エフ・ラジオ日本

右代表者代表取締役

駒村秀雄

被告

福田博幸

右両名訴訟代理人弁護士

藤堂裕

寺上泰照

右藤堂裕訴訟復代理人弁護士

岩下圭一

被告

上原敬之典

右訴訟代理人弁護士

花岡康博

村松靖夫

被告

三田和夫

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙一の謝罪文を、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞の各朝刊全国版の社会面広告欄に、「謝罪文」とある部分並びに末尾の被告ら及び原告の氏名を四号ゴチック活字をもって、他は五号活字をもって、縦6.9センチメートル、横一四センチメートルの大きさで各一回掲載せよ。

2  被告株式会社アール・エフ・ラジオ日本は、「ラジオ日本」放送において、別紙二の謝罪放送文を、本判決確定後七日目から連続して五日間、毎日午前七時三〇分及び午後五時五分から、各一回朗読して放送せよ。

3  被告らは、原告に対し、各自金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 原告は、大学卒業後、野田経済研究所の取材記者、証券及び株式に関する新聞の取材記者、証券会社の外務員等を経て、現在、株式の評論活動をする者である。

(二) 被告株式会社アール・エフ・ラジオ日本(以下「被告ラジオ日本」という。)は、関東地方を放送網とするラジオ局であり、被告福田博幸(以下「被告福田」という。)は、同局報道部課長として、同局が昭和五九年九月一六日午前七時三〇分から午前八時まで放送した匿名座談会「各界うらばなし」(以下「本件放送」という。)の企画、制作責任者の地位にあった者である。

(三) 被告上原敬之典(以下「被告上原」という。)は、日本証券新聞の編集長等を経て、現在、投資顧問業を営む者である。

(四) 被告三田和夫(以下「被告三田」という。)は、元読売新聞社の記者であった者である。

2  名誉毀損行為

(一) 被告上原及び同三田は、共謀のうえ、本件放送において、別紙記載の各発言をした。また、被告福田及び被告ラジオ日本は、本件放送を企画し、これを放送した。

(二)(1) 右本件放送の内容のうち、別紙三記載の1、2、5、7ないし11の各発言(以下「本件論評」という。)を総合すると、その意味するところは、原告が、昭和五九年ころ社会問題ともなったいわゆる投資ジャーナル事件について、当初株式会社投資ジャーナル(以下「投資ジャーナル」という。)の味方であって、その活動に深く関わり、被害者を作り出す側にいて金を稼いでおきながら、投資ジャーナルに警察の家宅捜査が及ぶと一転して被害者を救済する側に回って活動し、しかも、右の各活動の動機が金儲けにあったとするものである。右の発言は、日頃一般投資家保護のための評論活動を行っている原告の社会的評価を著しく低下させ、その名誉を毀損するものである。

(2) 別紙三記載の3の発言は、原告が経歴詐称をしているとの虚偽の事実を摘示するものであって、同じく原告の名誉を毀損するものである。

(3) 別紙三記載の4及び6の各発言のうち、「手張り」というのは、証券市場用語で証券会社の従業員が信用取引等を含む投機的取引を行うことを意味し、また、「足を出す」とは、右の取引によって損金が保証金額を上回り、かつ、その支払いが不能に陥ることを意味するところ、証券会社従業員が「手張り」をすることは事故防止の観点から規則及び各証券会社の社員服務規定によって禁じられており、証券に関わる者が「足を出す」ことは社会的信用を著しく低下させることになるから、右の各発言は、証券市場の健全化を目指して評論活動を続け、厳しく身を律している原告に対する最大級の名誉毀損に当たるものである。また、原告が右の「手張り」をしてそれを記事にしたことを理由に在籍していた新聞社を辞めさせられたとの発言や、「株をやってはことごとく失敗するという人」との発言は、今後も株式評論活動を続ける原告にとって、その社会的評価を低下させる事実である。

3  損害賠償

原告は、以上のように、被告らの共同不法行為によって、その名誉を著しく毀損されたところ、これによって被った原告の精神的損害を填補するためには、被告ら各自が原告に対し、金一〇〇〇万円の支払いをするとともに、請求の趣旨第一項の謝罪広告をし、かつ、被告ラジオ日本において、同第二項の謝罪文を朗読して放送することが必要である。

よって、原告は、被告ら各自に対し、不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、請求の趣旨第一項の謝罪広告をすることを求め、被告ラジオ日本に対し、同第二項の謝罪文を朗読して放送することを求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告らの反論

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2の(一)の事実中被告上原及び同三田が各発言をしたこと、被告福田及び被告ラジオ日本が本件放送を企画し、これを放送したことは認め、共謀の事実は争う。

(二)  同2の(二)の(1)及び(2)の事実は争う。

(三)  同2の(二)の(3)の事実は争う。

「手張り」とは、証券会社の従業員ばかりでなく証券に関係する者が自ら株式を売買するという意味もあるところ、被告上原の右の発言は、原告が証券記者時代に「手張り」をしたというものであるから、原告の主張する意味で用いられたものではないことが明らかであり、原告の主張は理由がない。

「足を出す」とは、一般には単に「損を出す」ことを意味するに過ぎないところ、被告上原の発言は、文脈上客に損を与えたという意味で用いられたことが明らかであるから、原告の主張は理由がない。

3  同3の事実は否認する。

三  抗弁

(被告ら)

本件放送は、以下に述べるように、公共の利害に関わる事項につき公益を図る目的でなされた論評であり、かつ、右論評の対象となった事実は真実であるから、不法行為とはならない。

1(公共の利害に関する事項につき公益目的でなされた言動であること)

本件放送は、多数の一般株式投資家が多額の被害を被ったいわゆる投資ジャーナル事件を契機として行われたものであるところ、同事件が発覚するまで、マスコミ及びその関係者が投資ジャーナルを持ち上げて一般大衆に誤った理解を与えてきたという現実に鑑み、同事件の発生にマスコミ及びその関係者がどのように関わってきたかを広く大衆に報道するとともに、右関係者の反省を促し、もって、同事件類似の事件の再発を防止し、再び一般投資家が同様の被害を受けることのないようにすることを目的として制作されたものである。とくに、多くの一般投資家が株式評論家の評論や株価予測に頼って株式投資を行っている現実からすると、株式評論家が投資ジャーナルとどのような関わりを持ってきたかを報道し、彼等の評論態度、姿勢につき公正な論評を加えることは大きな公共的意義があり、右論評の一環として行われた本件の原告に対する論評も公益にかなうものである。

2(真実性について)

本件放送において原告に関し言及された事柄の要点は、原告が投資ジャーナルグループの客寄せの機関紙であった「月刊投資家」の創刊号に記事を掲載し、その後も比較的長期間連載記事を執筆する一方、いわゆる投資ジャーナル事件が広く社会問題化するに至った後に有料の被害者救済活動に深く関わっているとする点にあるところ、右に指摘された事実(以下「本件指摘事実」という。)は、すべて真実である。

そして、本件論評は本件指摘事実に基づき、原告には株式評論家としての資質、能力及び倫理観に関し批判されるべきものがあり、これが原告の経歴や実績に連なる問題であるというものであるから、真実性の証明を要求されるのは本件指摘事実のみであり、被告らの指摘するその余の事実(原告の経歴に関わる事実)は付随的事実であって、これらについて厳格に真実性の証明を要求されるわけではない。

なお、別紙三記載の3、4及び6の発言は、右の付随的事実に関するものであるが、これらの発言の主旨は、原告の経歴に関する原告自身の説明には読者の誤解を引き起こす曖昧さがあると指摘すること及びその曖昧さに隠された実態を指摘することにある。そして、同3の発言は、原告が証券界で著名な「野田経済研究所」に在籍したのは一年間でしかないのに、これを主たる経歴としている点を指摘したものであり、同4の発言は、いわゆる罫線紙の記者や証券地場紙の記者の多くはそのような行動をとることが多いということを説明し、原告もそのような証券記者の例に漏れないことを指摘したものであって、原告が証券記者を辞めた理由を取り上げて攻撃の対象としたのではない。

(被告福田及び被告ラジオ日本)

仮に、右2の付随的事実が真実でなかったとしても、被告ラジオ日本及び同福田は、本件放送の内容が、株式評論家の実情に詳しい被告上原及び訴外西尾の取材によるものであるところから、これを確実な情報であると信じたのであって、そう信じるにつき相当の理由があった。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて否認ないし争う。

第三  証拠<省略>

理由

一(請求原因事実について)

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  同2の(一)の事実のうち、被告福田及び被告ラジオ日本が本件放送をしたこと、被告上原及び同三田が本件放送において別紙記載の各発言をしたことは当事者間に争いがない。そこで、被告上原と同三田が事前に共謀し、本件の各発言をしたかについて検討する。

「各界うらばなし」の番組の制作放送の手順については、後(二の2の(二))に認定のとおりであるが、<証拠>によれば、本件放送は、録音収録された座談会の内容が放送されたものであること、被告上原はゲストとして右の座談会に出席したのであり、被告三田は右座談会の当日初めて被告上原と顔を合わせたこと、座談会の収録にあたっては、事前にどのような事実を論ずるかについて大まかな話の流れは決まっていたものの、被告ら間で具体的発言内容やその表現方法についてまで事前に綿密な打ち合せはなされなかったこと、したがって、右の被告両名は、互に具体的に誰がどういう発言をするか予め承知してはいなかったことを認めることができる。

右の事情から、被告三田は右の座談会で被告上原が原告の社会的評価を低める事実を指摘することについて事前に明確な認識を持っていたということができず、事前の共謀があったと認めることはできないから、各人は、自己の発言と関連のある限度においてのみ他人の発言についても自己の発言と同様の責任を負うに過ぎないと解すべきである。

3  同2の(二)の事実について検討するに、本件の被告上原及び同三田の各発言が原告の名誉を毀損するものであるかどうかは、本件放送を聴いた一般聴取者が通常用いる注意力、判断力、理解力を基準にして、当該事実が原告の社会的評価を低めるものであるかどうかにより決すべきである。

(一)(1)  別紙三記載の1及び2の被告上原の発言は、原告が投資ジャーナルの発行する主力雑誌である「月刊投資家」の創刊にあずかって力があり、レギュラーとして相当の期間連載記事を執筆寄稿していたのに、今は被害者を救済するという逆の立場に立っているとするものである。

右の「あずかって力がある」とは、通常「関与して尽力し、貢献した」との意味に解釈できるから、本件において被告上原が「力のあったといいますか」として引き続く次の「レギュラーの寄稿をしておった」との言葉に置き換える形をとっているものの、<証拠>により認められる被告上原の本件発言全体の流れ、論理の運び方、通常の理解からすると、「雑誌『月刊投資家』の創刊にあずかって力があった」との表現をすることにより、全体の印象として、原告が投資ジャーナルの主力雑誌「月刊投資家」の創刊に関与して尽力し、貢献したとの印象を与えるものであるということができる。また、「原告が月刊投資家にレギュラーの寄稿をしていた」という時期については発言中で明らかにされていないが、前後の文脈、特に原告が被害者救済と逆の立場にあったという文脈及び本件発言の後に続く同被告の別紙記載三の5、7及び8の各発言や、これとの論理的整合性に鑑みれば、その時期は、投資ジャーナルが詐欺その他の悪徳商法により多数の被害者を出していたとされる時期を指すと受け止められるものと解することができる。

したがって、右1及び2の発言を聴いた一般の聴取者としては、被告上原が、原告について、投資ジャーナルの詐欺その他の悪徳商法が社会問題化する前と後とで原告がその方針を一八〇度変更し、変節したと論評したと理解するであろうということができる。

もっとも、被告らは、右の「創刊にあずかって力があった」というのは、原告が投資ジャーナルの創刊号の花形記事であった座談会の司会をしたことを評価して述べたものである旨主張するが、この事実は本件放送で指摘されていないし、一般に周知の事実であると認めるに足る証拠もないから、一般の聴取者が前記と異なる受け止め方をする余地がない。

(2) 別紙三記載の5の被告上原の発言は、原告が、投資ジャーナルの調子の良いときはこれに与して稼ぎながら、被害者が出てきたら逆にその味方になって稼ごうという考え方を持っているとするものであるところ、前後の関係からすれば、右の「調子の良いとき」とは、投資ジャーナルが詐欺その他の悪徳商法によって荒稼ぎをしていたとされる時期を指すものと解釈することができる。

(3) 同7の発言は、原告が自己が講師を努める株式投資学校の生徒を集めるために被害者救済のための連絡協議会を作ったとするものである。

(4) 同8の発言は、訴外西尾の「投資ジャーナルの中江さんを初期食った人たち」との前言を受けて、投資ジャーナルに関わり、又は中江を利用して金銭的利益を得た者の中で、原告だけが今度は被害者を救済する側に回り、逆の立場に立ったということを意味するものと解釈することができる。

(5) 同10の発言は、原告が投資ジャーナルを批判する側に回ったのは、これにより金を稼げるとの見通しをつけたためであるとするものである。

(6) 以上の被告上原の発言内容を総合すれば、その趣旨は、詐欺その他の悪徳商法をしていたとされる投資ジャーナルに原告が深く関わり、これによって利益にあずかっていたのに、同社の活動が社会問題化するとその方針を一八〇度変更し、金儲けのために、投資ジャーナルの活動による被害者を救済する側に回ったとするものであり、右は、株式評論家としての原告の社会的評価を低からしめるものである。

(二)  別紙三記載の3の「経歴詐称というとちょっと語弊がありますけれども」との発言は、原告が自己の経歴を一般に紹介するにつき経歴詐称に近い言動をしているとの事実を摘示するものであるから、原告の名誉を毀損する事実である。

(三)  別紙三記載の4の「手張りをしてそれを記事に書いて評判が悪くて会社を辞めさせられた」との発言について検討するに、<証拠>によれば、「手張り」という言葉は、証券界では原告主張のとおり、証券会社の従業員が信用取引等を含む投機的取引を行うことという意味で用いられるのが通常であるが、被告ら主張のように証券に関与する者が自ら株式を売買するという意味もあるところ、本件の被告上原の発言は、原告が証券記者時代に手張りをしたとするものであるから、本件の「手張り」との発言が被告ら主張のような意味でなされたものであることが明らかである。したがって、原告が証券記者時代に「手張り」をしたという事実のみをもって原告の社会的評価が低下したと認めるには足りないけれども、原告がこれを原因として在籍していた会社を辞めさせられたとの事実は、原告の社会的評価を低からしめるものである。

(四)  別紙三記載の6の「足を出した」との点について検討するに、<証拠>によれば、「足を出す」という言葉は、証券市場用語としては、信用取引を含む投機的取引によって損金が保証金額を上回り、かつその支払いが不能になることを意味するものと認めることができる。ところで、右の言葉は、一般用語としては損をしたという意味に捉えられており、被告上原もその本人尋問において、同被告は本件放送の中でこの言葉を右の一般用語として用いたと供述しており、前後の脈絡からも一般用語としての用方であると解するのが相当である。

しかしながら、「足を出し…株をやってはことごとく失敗する」との発言は、株価の予測を含む株式評論を職業としている原告の社会的評価を著しく低下させる事実であることに変りはない。

(五)  被告三田の9及び11の発言は、以上の被告上原の発言内容をすべて肯認したうえで、これに同調し、原告が投資ジャーナルに加担して被害者を食い物にしておきながら、今度はその被害者を救済する側に回ったとしてこれを非難するものであるから、被告三田のこの発言自体も原告の社会的評価を低下させるものである。そして、被告三田の発言がこのようなものである以上、被告上原との間で本件放送内容についての事前の協議はないものの、被告上原の発言内容についても自己の発言同様の責任を負うものと解すべきである。

二(抗弁について)

1  被告らは、本件放送の内容は論評の自由の範囲内に属するものであって、不法行為を構成するものではない旨主張するので検討する。

(一)  人がある事実について自己の評価や意見を外部に表明する論評の自由や、報道機関が第三者によりなされた論評を放送し報道する自由は、当然に言論その他の表現の自由に包含されるが、何人も、これによりその社会的評価を不当に低められ、名誉を侵害されることから保護されなければならず、この相互に矛盾し易く、衝突し易い二つの要請をどのように調和させるべきかが問題となる。ところで、右の論評が、公務員その他の公的活動に携わる人物の行動等の公共の利害に関するか、又は一般公衆の関心事に関するものであり、かつ、それが公正になされるときは、その論評の対象となる人の名誉の保護が表現の自由に譲歩を迫られてもやむを得ないといわなければならない。そして、右の公正の意味については、論評の対象となる事実が真実でなければならないとはいうまでもないが、論評の主題から外れた枝葉末節の事実に至るまで完全に真実であることが要求され、あるいは、相当の根拠をもって真実であると信じた事実に基づく論評についてもその真実性が証明されなければ不法行為責任を免れないとすることは、真に必要な意見の表明をも抑制することとなり、妥当ではない。また、論評は、ある事実に対する論評者の価値判断を含む評価であり、主観的なものであるが、それが公正な論評というためには、論評が、公的活動とは無関係な私生活の暴露であったり単なる人身攻撃であったりしてはならず、公益に関係づけられたものでなければならない。

これを要するに、論評及びその放送により他人の社会的評価を低からしめた場合に、それが名誉毀損としての不法行為に当たらないとされるためには、

(1)  論評の対象となっている事実が、全部又はその主要な部分について真実であるが、少なくとも論評者が右の事実を真実であると信じ、かつ、そう信じるにつき相当な理由があること

(2)  論評の目的が、公的活動とは無関係な私生活の暴露や単なる人身攻撃にあるのでなく、それが公益に関連づけられていること

(3)  論評の対象が、公益に関するか、又は一般公衆の関心事であること

の要件を満たすことが必要であり、これを論評者において立証する必要があるということができる。

(二)  さて、右の要件(1)の論評の対象事実についてその真実性の証明を要する事実の範囲については、本件がラジオ放送を通じて一般聴取者に向けてなされたものであることから、この放送を聴いた一般聴取者がそこで論評の対象とされた事実であると受け止め、そのように理解する事実をもって要証事実であると解すべきであるから、この観点から検討する。

本件論評(別紙三記載の1、2、5、7ないし11の発言)の要旨は、前記一の3の(一)及び(五)に認定のとおり、原告が投資ジャーナルとの関わりの中で方針を変え、変節したとしてその態度を非難するものであるところ、被告上原は、その結論を導くために、まず、原告が投資ジャーナルの主力雑誌月刊投資家の創刊にあずかって力があったとし、原告がこの雑誌にレギュラーとして相当の期間連載記事を執筆寄稿していたと指摘し、かつ、右の記事連載の時期には投資ジャーナルが詐欺その他の悪徳商法をしていたのにその執筆寄稿を継続して投資ジャーナルに加担したとの事実を不可欠の前提として、投資ジャーナル事件が広く社会問題化した後に有料の被害者救済活動に深く関わっているとの事実を指摘しており、その受け止め方については、前記3の(一)の(1)に認定のとおりであって、結論として前記のとおり原告の態度を非難する論評をしている。

このことから、本件論評についてその論評の対象事実として真実性の証明を要求される事実は、「原告が月刊投資家の創刊に関与して尽力し、貢献し、その後も相当の期間連載記事を執筆寄稿していたこと、原告の右の記事連載の時期には投資ジャーナルが詐欺その他の悪徳商法をしていたこと及び原告が投資ジャーナルが社会問題化した後になって、有料の被害者救済活動に関わっていること」であるということができる。

なお、被告らは、本件論評の対象事実としてその真実性の証明の対象となるのは、抗弁2で主張の本件指摘事実であると主張するが、右は採り得ない。

(三)  そこで次に、右の本件論評の対象事実が真実であったかにつき判断するに、<証拠>を総合すれば、「月刊投資家」は、昭和五三年一〇月に創刊され、後に投資ジャーナルにより一般投資家に対する詐欺的商法の手段として使われた雑誌であるが、昭和五七年ころまでは通常の投資家向けの雑誌であって、何ら犯罪行為あるいは悪徳商法として問題となるところはなかったこと、投資ジャーナルが詐欺その他の悪徳商法をするようになったのは、右の昭和五七年からであること、原告は右の月刊投資家創刊号の座談会の司会を務めたが、これは、投資ジャーナルグループの会長であった訴外中江との人的繋がりによるものではなく、友人の訴外小木曾善弘からの依頼によるものであること、原告は昭和五四年七月から同五五年一一月まで右の雑誌に連載記事を執筆寄稿したが、その記事の内容は一般投資家向けのものであって、投資ジャーナルやこれに関係する者を持ち上げてこれを特別に利するようなものではなかったことが認められる。

これに対し、被告らは、昭和五四年五月ころには原告が投資ジャーナルの社員が「手張り」をしているのを知っていたこと、原告が月刊投資家に連載した記事は同年一二月から「特別投資管理室」との標題の下に連載されたが、右「特別投資管理室」は有料の株式売買支持広告を同誌上に掲載していたと主張し、前掲各証拠によれば、右の各事実が認められるが、これらの事実をもって、原告が月刊投資家の創刊に尽力したこと、原告が右雑誌に記事を連載中投資ジャーナルが既に詐欺その他の悪徳商法をしていたことまで認めるに足りず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はなく、したがって、本件論評の対象となっている前記の事実について真実性の立証がないことになる。

よって、これと相互に有機的に関連するその余の事実の存否を判断するまでもなく、本件論評に関する抗弁は理由がない。

(四)(1)  次に、別紙三記載の3、4及び6の各発言について、被告らは、右の各事実が、本件論評の付随的事実であり、厳格に真実性の証明を要求されるものではない旨主張するが、右の各発言は、広い意味では、原告の経歴に関する事実の摘示に属するものの、本件論評の主題である原告と投資ジャーナルとの関わりとは別に、それぞれの事実が、個々に有意の内容を持ち、原告の株式評論家としての姿勢、倫理観又は能力に関する論評ないし事実の指摘として独立の意味を持つことが明らかである。したがって、被告らの右の主張は理由がない。

そこで、以下、右各事実の真実性について検討する。

(2) 別紙三記載の3の「経歴詐称というと語弊がありますけれども」との発言は、原告がその著書その他において自己の経歴を一般に紹介するにつき経歴詐称に近い言動をしているとの事実を指摘するものと解されるところ、<証拠>によれば、原告は大学卒業後一年余りしか「野田経済研究所」に在籍していなかったことが認められるものの、本件全証拠によっても原告が自己の主たる経歴を、被告ら主張のようにことさらに「野田経済研究所」の出身であると強調していた事実を認めることはできない。

(3) 別紙三記載の4の発言の「(手張りを)記事に書いて評判が悪くて(会社を)辞めさせられた」との事実について、<証拠>には、右の事実を確実な筋から聞いた旨の供述があるが、右の供述は、情報の出所及びその具体的内容が曖昧であるし、<証拠>に照らし信用できず、その他右事実が真実であると認めるに足りる証拠はない。

(4) 別紙三記載の6の発言の「要するに(原告は)株をやってはことごとく失敗するという人」との事実について、右が真実であると認めるに足りる証拠はない。

(5) 以上のとおり、別紙三記載の3、4及び6の発言で指摘された事実については、いずれもその真実性の証明がないことになり、この点についての被告らの抗弁は理由がない。

2(一)  次に、被告福田及び被告ラジオ日本は、同被告らが株式評論家を含め株式の世界に詳しい被告上原及び訴外西尾の発言を確実な情報に基づくものと信じたことは相当といえるから、仮に右事実が真実でなかったとしても被告福田及び被告ラジオ日本につき不法行為は成立しない旨主張する。

しかし、いやしくも放送に携わるものは、放送の内容によって他人の名誉を不当に毀損しないようにする注意義務を負っているというべきであり、放送される発言内容が事前に分かっている場合には、これにより他人の社会的評価を低下させるおそれがないかどうか、仮にそのおそれがあると判断される場合は、右の発言内容が真実であるか又は確実な根拠に基づくものであるかを調査し、その調査の結果、虚偽あるいは不確実な情報に基づくものであると判断した場合は、その放送を差し控える義務が存するというべきである。

特に、本件放送のような匿名の座談会においては、そこにおける発言につき誰がその責任を負うのか不分明のまま他人の名誉に関する事柄について事実が指摘され、これに基づく論評がなされかねないのであり、このような場合には、その放送にあたり、なおさら慎重に指摘事実の真実性について調査するべき義務を尽くさなければならない。

(二)  ところで、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

各界うらばなしの番組は、昭和五九年一月から昭和六一年一〇月まで、通常日曜日に放送されたが、その制作手順は、西尾次郎が取材の中心となり、被告福田と打ち合せをしながら各分野の協力者からテーマとし得る情報を集め、月曜日に数個のテーマを絞り、火曜日と水曜日でその情報の裏付けを取り、木曜日に右の裏付けの取れた時宜に叶ったおおむね三個のテーマに絞り、その後大きなニュースや事件がない以上、金曜日に右のテーマについてゲストを交えるなどして数名による座談会の形式で話を進めてこれを録音し、日曜日に放送するものというものであった。そして、座談会については、台本は作られず、具体的な発言内容や表現方法まで打ち合せたり指定したりなどすることはないが、テーマを絞る段階でかなり詳細なメモが作成されるため、話される事柄及び話の流れの大筋を知りえる状況になる。そのメモをもとに、西尾、司会者の被告三田及び被告福田が相談しながら座談会の発言の大まかな割り振りを決めたうえ、録音に臨む。その録音に際し、被告福田は、モニター室でこれを聴きながら表現の仕方、全体の構成とその運び方、所要時間等をチェックし、適切でない部分のカットを番組制作担当者に指示し、場合によっては再録音を指示したりする。この録音をもとに放送用マザーテープが編集作成される。本件放送についても、右と同じ手順によりテーマが設定され、被告上原がゲストとして出席して座談会が開かれ、それが収録され、編集されて放送された。

(三)  さて、前記認定のとおり、本件放送内容のうち原告に関する各発言部分は、原告の社会的評価を確実に低下させるものであることが明らかであるところ、<証拠>によれば、被告福田は、本件放送にあたり、被告上原及び西尾が株式評論家の実情に通じている専門家であるとの事実のみをもってその発言が確実な根拠に基づくものであると軽信し、右(二)に認定の本件放送に至る経過に見られるとおり、本件の各発言の真否及び根拠につき調査確認する時間的余裕があったにも拘らず、なんら前記調査義務を尽くさなかったことが認められる。

(四)  よって、被告福田及び被告ラジオ日本の右の抗弁は理由がない。

三(被告らの責任)

1  以上述べたところによれば、被告上原の別紙三記載の発言はすべて原告の名誉を毀損するものであるから、被告上原は右発言につき不法行為責任を負い(ただし、同発言中4の「手張り」の意味についての原告の主張は採用しない。)、被告三田もこれと同様の責任を負うというべきところ、両者の行為は客観的に関連する共同のものであるから、共同不法行為となる。

2  被告福田は、本件放送の企画制作責任者であり、本件放送当時被告会社の報道部課長であったところ(右事実は、当事者間に争いがない。)、前記認定のとおり、原告に関する被告上原及び同三田の発言部分が放送されれば原告の社会的評価を確実に低下させるものであることを事前に認識しながら、右の発言が株式の専門家の言動であるという事実のみをもって確実な根拠に基づくものであると軽信し、何ら調査を尽くさず、本件各発言をラジオで放送したものと認められる。そこで、被告福田は被告上原及び同三田と客観的に関連する行為により原告の名誉を毀損したといえるから、同被告らと同様の責任を負うものと解せられる。また、右認定事実によれば、被告会社は、被用者であった被告福田がその職務を行うにつき原告に及ぼした右の損害を賠償するべき責任を負うものである。

四(損害賠償の方法及び程度)

<証拠>によると、原告は、本件放送によって、株式評論家としての社会的評価を害され、精神的打撃を被ったこと、本件放送後、原告に対し、原告が投資ジャーナル事件に関わっていたのでないかとする抗議の電話が相当数あったり、本件放送の中の原告に関する部分を録音したテープや右の放送内容を文書にしたものが巷間出回ったこと、また本件放送と同内容の記事が雑誌に掲載されたこと、そのため、原告がこれを否定したり反論しなければならなかったこと、他方、原告が本件訴訟に及んだ直接の動機は、本件放送の内容を記事にした雑誌やテープが出回ったためであって、仮にこのような事態にならなければ訴えを起こす気はなかったことが認められ、また、原告は多数の著作を有し、本件放送後も雑誌への投稿やテレビ出演の機会も多く、相応の社会的評価を維持していると推認される。

右の事実に、当事者間に争いのない本件放送が日曜日の早朝の時間帯に、関東地方をその放送区域としてなされたこと、現在では、一般人で本件放送内容を記憶している者は少ないと思われることその他前記認定の諸事情を総合考慮すると、本件放送によって原告の被った精神的苦痛を慰藉するには、原告が被告ら各自から金一〇〇万円の慰謝料の支払いを受けることをもって相当とし、原告の求めるその余の名誉回復の措置は必要がないというべきである。

五(まとめ)

以上の次第であるから、原告の被告ら各自に対する金一〇〇〇万円の損害賠償の請求につき金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六〇年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、被告らに対するその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官久保内卓亞 裁判官菊池徹及び裁判官齋藤繁道は、転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官久保内卓亞)

別紙<省略>

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